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アフマド・シャー・マスードとは?

あふまどしゃーますーど

アフマド・シャー・マスードはアフガニスタンの軍事指導者で、ソ連軍やタリバンへの抵抗を率いた「パンジシールの獅子」として知られています。

アフマド・シャー・マスード(Ahmad Shah Massoud、1953年〜2001年)は、アフガニスタンのタジク系軍事指導者・政治家です。カーブル工科大学で学んだ後、1970年代からイスラム主義運動に加わり、軍事指揮官としての才能を発揮しました。

1979年のソ連のアフガニスタン侵攻後、マスードはパンジシール渓谷を拠点にムジャヒディーン(聖戦士)を率いてソ連軍と戦いました。難攻不落の峡谷地形を巧みに利用したゲリラ戦術でソ連軍の大規模攻勢を何度も撃退し、「パンジシールの獅子」という称号を得ました。

ソ連撤退後のアフガニスタン内戦でも存在感を示し、1992年には国防相に就任しました。しかし1990年代半ばにタリバンが台頭すると、北部同盟を結成してこれに対抗しました。2001年9月9日、自爆テロ(アルカイダによるものとされる)によって暗殺されました。アメリカ同時多発テロ事件(9月11日)のわずか2日前のことでした。マスードはアフガニスタンの国民的英雄であり、その肖像は今日も各地に掲げられています。

使い方・例文

「アフマド・シャー・マスード」はアフガニスタン紛争史や対テロ戦争の背景を語る際に登場します。「マスードはソ連軍にもタリバンにも屈せず戦い続け、暗殺直前まで国際社会に支援を訴えていた」のように使われます。

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