アドルフス・グリーリーとは?
あどるふすぐりーりー
アドルフス・グリーリーは、19世紀アメリカの陸軍将官・極地探検家で、北極点に向けた遠征隊を指揮した人物です。
アドルフス・ワシントン・グリーリー(1844〜1935年)は、アメリカ合衆国陸軍の将官・極地探検家であり、北極探検と気象観測の分野で大きな足跡を残した人物です。
グリーリーは南北戦争に従軍した後、通信・気象分野の軍人として活躍しました。1881〜84年にかけての「レディ・フランクリン湾遠征」では、第一次国際極年(IPY)の一環として北極圏の気象・地磁気・海洋観測を任務とする遠征隊を率いました。隊はグリーンランド北部のフォートコンガーに基地を設け、1882年に当時の北進記録(北緯83度24分)を樹立しました。
しかし補給船が届かず食料が底を突き、壊滅的な状況に陥りました。1884年の救助時には25名の隊員のうち生き残ったのはグリーリーを含む6名のみという悲惨な結末となり、一部の隊員が他の隊員の遺体を食べていたことが明らかになって世間に衝撃を与えました。
それでもグリーリーはその後も軍に留まり、陸軍通信部隊の近代化や気象サービスの整備に貢献しました。1906年のサンフランシスコ地震でも救援活動を指揮し、准将として退役後は文筆活動も行いました。
使い方・例文
北極探検史や19世紀の地理的発見を学ぶ際に、グリーリーの名前は「遭難と生還」の事例として登場します。極地探検の過酷さを語る文脈でも引用されます。
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