阿倍仲麻呂とは?
あべのなかまろ
阿倍仲麻呂とは、奈良時代に遣唐使として唐に渡り、中国の朝廷で高位の官職を歴任した日本の学者・歌人で、望郷の和歌で名高い人物です。
阿倍仲麻呂(あべのなかまろ、698年〜770年頃)は、奈良時代の貴族・歌人です。716年(霊亀2年)に遣唐留学生として唐に渡り、長安の太学で学びました。その後、唐の科挙(賓貢科)に合格して官吏となり、玄宗皇帝に仕えて「朝衡(ちょうこう)」という中国名を賜りました。
唐では左補闕・秘書監などの要職を歴任し、玄宗・粛宗・代宗の三帝に仕えた異色の経歴をもちます。詩人の李白・王維とも親交を深め、文化的な交流の場にも積極的に関わりました。753年、鑑真和上とともに帰国を試みましたが嵐で遭難し断念。生涯を唐で過ごし、日本の土を再び踏むことはありませんでした。
日本では主に百人一首に選ばれた和歌で知られています。
- 「天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも」
この歌は唐において望郷の念を詠んだとされ、遠い異国から故郷の空を見上げる情景が後世の人々に深く愛されてきました。
使い方・例文
百人一首のかるた大会で「天の原ふりさけ見れば…」の歌が読み上げられるとき、その作者が遣唐使として唐に渡り生涯帰国できなかった阿倍仲麻呂であることが解説される場面によく登場する。
この用語をシェア
最終更新: