鄧世昌とは?
とうせいかん
鄧世昌は、日清戦争の黄海海戦で北洋艦隊の旗艦を守ろうと敵艦に体当たりを試み、戦死した中国の海軍提督です。
鄧世昌(とう せいしょう、Dèng Shìchāng、1849〜1894年)は、清朝(中国)の海軍軍人で、北洋艦隊の中の「致遠」艦の艦長を務めた提督です。
鄧世昌が歴史に名を残したのは、1894年の日清戦争中に行われた黄海海戦(豊島沖海戦ではなく黄海での主力艦隊決戦)においてです。日本連合艦隊との激戦の中で「致遠」艦は被弾・浸水状態に陥りましたが、鄧世昌は退却を拒み、日本艦「吉野」への体当たり攻撃を試みました。この突撃は魚雷命中とも弾薬庫爆発とも伝えられる爆発によって「致遠」は沈没し、鄧世昌は多くの乗組員とともに海に殉じました。
鄧世昌の人物像と後世への影響は以下の通りです。
- 清朝から「壮節」の諡号を贈られた
- 光緒帝から特別に褒賞・追悼の勅令が下された
- 中国では国家のために命を捧げた英雄として現在も高く評価されている
- 映画や教科書などで何度も取り上げられる歴史的英雄像の象徴的存在
日清戦争は清朝の敗北に終わり、北洋艦隊も壊滅しましたが、鄧世昌の勇敢な最期は中国近代史における愛国的英雄として長く語り継がれています。
使い方・例文
「鄧世昌の体当たり攻撃は、日清戦争における中国側の英雄的な抵抗として語り継がれている」「中国の歴史教育では、鄧世昌は愛国の模範として必ず登場する」といった形で使われます。
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