足利義政とは?
あしかがよしまさ
足利義政とは、室町幕府の第8代将軍で、東山文化の隆盛を導いた文化人的側面でも知られる人物です。
足利義政(あしかがよしまさ、1436〜1490年)は、室町幕府の第8代将軍です。在職中は政治的な実権が弱まる一方で、文化・芸術の振興において大きな功績を残しました。
将軍就任後、幕府の権威は守護大名たちの台頭により次第に低下し、応仁の乱(1467〜1477年)を招くなど政治的には混迷を極めました。応仁の乱は彼の後継者問題なども一因とされており、戦国時代への幕開けを告げる出来事となりました。
しかし、政治の不安定さとは対照的に、義政は文化・芸術に深く傾倒し、「東山文化」と呼ばれる日本の美意識の礎を築きました。京都・東山に造営した山荘(後の慈照寺、通称銀閣寺)はその象徴であり、「わび・さび」の美意識を体現した建築として現在も世界遺産に登録されています。
義政は能楽・連歌・茶の湯・花道・水墨画など多くの文化を庇護・奨励し、禅宗の精神性を取り入れた簡素で深みのある文化様式を後世に伝えました。政治家としての評価は分かれますが、日本文化の形成に与えた影響は計り知れない大きさを持っています。
使い方・例文
足利義政は、日本史の授業や銀閣寺・東山文化を解説する文章の中で必ず登場する室町時代の将軍です。
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