藤原定家とは?
ふじわらのていか
藤原定家とは、鎌倉時代初期に活躍した歌人・歌学者で、百人一首の選者としても知られる和歌史上最重要の人物の一人です。
藤原定家(1162〜1241年)は、平安末期から鎌倉時代前期にかけて活躍した公家・歌人で、父は同じく著名な歌人の藤原俊成です。官位は正二位・権中納言まで昇りましたが、その生涯は和歌の探求に捧げられました。
定家の和歌論の中心にあるのは「有心体(うしんたい)」と呼ばれる美的理念で、言葉の表面的な意味を超えた深い余情と「幽玄」の世界を重んじました。代表的な歌「来ぬ人をまつほの浦の夕なぎに焼くや藻塩の身もこがれつつ」はその理念を体現しています。
定家の業績は歌の創作にとどまらず、古典文学の保存・校訂においても絶大な功績を残しました。
- 『新古今和歌集』の撰者の一人(後鳥羽院の命による)
- 『小倉百人一首』の選定(嵯峨の山荘の障子色紙が起源とされる)
- 『源氏物語』『土佐日記』など古典の書写・校訂
- 歌学書『近代秀歌』『毎月抄』の著述
現存する定家の日記『明月記』は56年にわたる記録で、中世の政治・文化・天文現象(超新星の記録など)を知る貴重な史料となっています。国宝にも指定されており、歌人としてだけでなく歴史的証言者としても後世に重要な遺産を残しました。
使い方・例文
百人一首のかるたを楽しむとき、その選者が藤原定家であることを知ると、鎌倉時代の和歌文化への理解が一層深まります。
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