福田赳夫とは?
ふくだたけお
福田赳夫とは、昭和時代の日本の政治家で、1976年から1978年まで内閣総理大臣を務め、日中平和友好条約の締結や福田ドクトリン提唱で知られる人物です。
福田赳夫(ふくだ たけお、1905〜1995年)は、群馬県出身の昭和時代の政治家です。大蔵省(現財務省)官僚から政界に転じ、自由民主党の実力者として長年にわたり政権中枢を歩みました。田中角栄らと激しい権力抗争を繰り広げた「角福戦争」でも知られています。
福田の主な政治的業績は以下のとおりです。
- 大蔵大臣: 複数回にわたり財政運営を担い、財政再建路線を推進
- 内閣総理大臣(1976〜1978年): 三木武夫内閣の後を受けて首相に就任
- 日中平和友好条約(1978年): 中国との国交正常化後の平和友好条約を締結
- 福田ドクトリン(1977年): 東南アジア歴訪時に発表した対ASEAN外交の基本原則。対等・信頼・共存を掲げた
福田ドクトリンは、日本が東南アジア諸国と軍事的役割を果たさない代わりに、経済・文化協力を通じて対等なパートナーシップを構築するという理念を示したもので、現在も日本の対ASEAN外交の原点として参照されています。息子の福田康夫も後に内閣総理大臣を務めており、父子2代の首相として知られています。
使い方・例文
戦後日本政治史や対アジア外交の文脈で「福田ドクトリンを打ち出した福田赳夫首相」のように登場します。自民党派閥史(福田派・清和会)の説明でも必ず言及される人物です。
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