形式陶冶とは?
けいしきとうや
形式陶冶とは、特定の教科の内容を習得すること自体よりも、その学習過程で記憶力・注意力・思考力などの精神的能力を鍛えることに教育的価値を置く考え方です。
形式陶冶(けいしきとうや、Formal Discipline)は、18〜19世紀ヨーロッパで広まった教育理論で、「心の諸能力(ファカルティ)はトレーニングによって強化できる」という心理学的前提(能力心理学・官能論)に基づいています。ラテン語やギリシャ語・数学・論理学などの厳しい学習は、内容そのものの有用性よりも、精神の「筋肉」を鍛えることに意義があるという発想です。
形式陶冶論の核心的な主張は以下のとおりです。
- 精神にはいくつかの独立した能力(記憶・注意・判断・意志など)が存在する
- ある能力を一分野で訓練すると、他の分野にも転移する(転移の期待)
- 難解な古典語や数学の習得は、その転移効果が高い「精神の体操」となる
この考え方は長くヨーロッパの古典教育・エリート教育の正当化に使われました。しかし20世紀初頭、エドワード・ソーンダイクの実験研究によって「訓練の転移は特定の要素が類似している場合にのみ生じる(同一要素説)」ことが示され、形式陶冶論は大きく批判されるようになりました。
現代では形式陶冶をそのまま支持する立場は少数ですが、「学び方を学ぶ」「メタ認知能力を育てる」という形で、精神能力の汎用的育成を重視する思想として形を変えながら教育議論に影響を与え続けています。対置される概念として実質陶冶(実際に役立つ知識・技能の習得を重視)があります。
使い方・例文
「ラテン語の文法を学ぶことで論理的思考が鍛えられるから、将来使わなくても勉強する価値がある」という主張が、形式陶冶の考え方を典型的に示しています。
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