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弘法にも筆の誤りとは?

こうぼうにもふでのあやまり

「弘法にも筆の誤り」とは、どんな名人や達人でも失敗することがあるという意味のことわざです。

「弘法にも筆の誤り(こうぼうにもふでのあやまり)」は、どれほど優れた技術や才能を持つ人物でも、時には失敗や間違いを犯すことがあるという意味の日本語のことわざです。

「弘法」とは、平安時代初期の僧侶・空海(くうかい)の諡号(しごう)「弘法大師」のことを指します。空海は真言宗の開祖として知られるとともに、日本を代表する能書家(書の達人)としても名高く、「三筆(さんぴつ)」のひとりに数えられています。その空海でさえ書き間違いをすることがあったという故事から、このことわざが生まれたとされています。

類似のことわざには次のようなものがあります。

  • 河童の川流れ」(泳ぎの得意な河童でも溺れることがある)
  • 「猿も木から落ちる」(木登りが得意な猿も落ちることがある)
  • 「上手の手から水が漏る」(技術の優れた人でも失敗する)

これらはいずれも「名人・達人でも失敗する」という同じ趣旨を持つことわざで、失敗した人を慰めたり、慢心を戒めたりする文脈で使われます。また、自分のミスを謙遜して認める際の表現としても使われることがあります。日常会話から公式な文章まで幅広い場面で活用されることわざです。

使い方・例文

長年プロとして活躍するシェフが料理の塩加減を間違えたとき、「弘法にも筆の誤りで、私もたまにはこういうことがあります」と笑って話していました。

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