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岩倉具視とは?

いわくらともみ

岩倉具視とは、幕末から明治初期にかけて活躍した公家政治家で、王政復古の実現と岩倉使節団の派遣を主導した明治政府の中心人物です。

岩倉具視(いわくら ともみ、1825〜1883年)は、幕末から明治時代初期にかけて活躍した公家出身の政治家です。天皇親政(王政復古)の実現に向けて長州・薩摩藩士らと連携し、1868年の明治維新を主導しました。

岩倉の政治的な歩みには以下の重要な局面があります。

  • 公武合体の推進と失脚: 孝明天皇期に和宮降嫁を進めたが、後に攘夷派から批判を受けて謹慎処分
  • 倒幕運動への参加: 薩長と連携し、慶応年間に王政復古のクーデターを計画・実行
  • 明治新政府での要職: 右大臣として政府の中枢を担い、三条実美と並ぶ最高幹部に
  • 岩倉使節団(1871〜73年): 特命全権大使として欧米12か国を歴訪し、不平等条約改正の交渉と西洋文明の視察を行う

帰国後は征韓論に反対し、内治優先・殖産興業路線を推進しました。廃藩置県・地租改正などの近代化政策にも深く関与しています。岩倉具視は公家出身でありながら現実政治に長けた稀有な人物として、明治国家の形成に多大な貢献を残しました。

使い方・例文

日本史の授業や幕末・明治維新の解説で「岩倉具視を団長とする岩倉使節団」のように紹介されます。明治政府の政策決定者として、大久保利通・木戸孝允とともに頻繁に登場します。

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