岡山城とは?
おかやまじょう
岡山城とは、岡山県岡山市に位置する戦国時代に築かれた平山城で、黒い外壁から「烏城(うじょう)」とも呼ばれる近世城郭の代表例です。
岡山城は、岡山県岡山市北区に位置する日本の近世城郭で、旭川沿いの小高い丘(岡山)に築かれた平山城です。安土桃山時代に宇喜多秀家によって大規模に整備・完成され、黒漆塗りの下見板張りを特徴とする天守は独特の外観を持ちます。この黒い外壁から「烏城(うじょう)」の別称で親しまれています。
城の歴史は戦国時代にさかのぼります。もともと金光氏や浦上氏が岡山の地を支配しており、その後宇喜多直家が台頭してこの地を掌握しました。直家の子・秀家が豊臣秀吉の養子となり、岡山藩を治める中で城を大幅に拡張・整備し、現在の形の原型が完成しました。江戸時代には池田氏が藩主となり、明治まで続きました。
岡山城の主な特徴には以下が挙げられます。
- 不等辺五角形の変形天守台という珍しい構造
- 3層6階の天守(金箔の装飾が施されていた部分もある)
- 隣接する後楽園(日本三名園のひとつ)との調和した景観
- 旭川越しに眺める烏城の景色が観光スポットとして名高い
天守は第二次世界大戦の空襲で焼失しましたが、昭和41年(1966年)に鉄筋コンクリートで外観復元されました。2022年には内部がリニューアルされ、歴史学習と観光の両面で整備が進んでいます。
使い方・例文
岡山観光や日本の城めぐりの文脈で「後楽園とセットで岡山城を訪ねる」といった形で紹介され、日本史の戦国・江戸時代の城郭建築を学ぶ際にも例示されます。
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