宮澤喜一とは?
みやざわきいち
宮澤喜一とは、日本の政治家で第78代内閣総理大臣を務め、バブル経済崩壊後の難局に直面した保守本流の代表的政治家です。
宮澤喜一(みやざわ きいち、1919年〜2007年)は、日本の政治家です。東京大学法学部を卒業後、大蔵省(現・財務省)に入省し、その後衆議院議員に転身しました。自由民主党に所属し、宏池会(池田派)を代表する「保守本流」の政治家として、長きにわたり政界の第一線で活躍しました。
宮澤は経済政策の専門家として知られ、通商産業大臣、外務大臣、内閣官房長官、大蔵大臣など多くの要職を歴任しました。1991年11月に内閣総理大臣に就任(第78代)しましたが、在任中はバブル経済の崩壊による深刻な景気後退に対応を迫られました。1993年6月、自民党内からの造反を含む内閣不信任決議案が可決され、衆議院を解散。総選挙で自民党が過半数を失い、宮澤内閣は退陣しました。この政権交代は55年体制の終焉を告げる歴史的転換点となりました。
その後も政界に留まり、橋本龍太郎内閣・小渕恵三内閣で大蔵大臣を務め、2000年のゼロ金利政策解除問題など金融・財政政策の責任者として活動しました。英語・フランス語に堪能で国際的な素養を持つ「知性派」として知られ、著書も多い。2007年に88歳で逝去しました。
使い方・例文
「宮澤内閣は55年体制の崩壊を迎えた政権として、日本の政治史を語るうえで欠かせない存在です。」のように、戦後日本の政治史やバブル経済を扱う議論で登場します。
この用語をシェア
最終更新: