宮沢喜一とは?
みやざわきいち
宮沢喜一は、日本の第78代内閣総理大臣を務めた政治家・経済官僚で、宏池会を代表する「リベラル保守」の知性派として知られます。
宮沢喜一(みやざわ きいち)は、1919年生まれ、2007年没の政治家です。東京帝国大学(現・東京大学)法学部を卒業後、大蔵省に入省し、官僚としてのキャリアをスタートさせました。1953年に衆議院議員に初当選して政界に転身し、以後長きにわたって政界中枢で活躍しました。
外務大臣、経済企画庁長官、通商産業大臣、内閣官房長官、大蔵大臣など要職を歴任した後、1991年に内閣総理大臣に就任しました。在任中はバブル崩壊後の経済対策に取り組むとともに、PKO協力法(国際連合平和維持活動等に対する協力に関する法律)の成立を実現させ、自衛隊の海外派遣に道を開きました。
1993年には内閣不信任案が可決されて総辞職に追い込まれ、その後の総選挙で自民党が過半数を失ったことで、55年体制に終止符が打たれることになりました。後年は橋本内閣・小渕内閣のもとで大蔵大臣として返り咲き、金融危機対応にも当たりました。
英語に堪能で国際感覚に優れ、保守政治家の中では穏健・協調路線を体現する存在でした。宏池会(自民党の派閥)の流れを汲む「リベラル保守」の象徴的政治家として、日本政治史に刻まれています。
使い方・例文
日本の現代政治史やバブル経済の崩壊を扱う授業・書籍において、1990年代初頭の政治混乱を象徴する人物として宮沢喜一が取り上げられます。
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