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奥保鞏とは?

おくやすかた

奥保鞏は明治時代日本陸軍の元帥で、日清・日露戦争において重要な役割を果たし、陸軍最高位にまで昇った軍人です。

奥保鞏(おく やすかた、1847年〜1930年)は明治・大正期の日本陸軍軍人で、最終階級は元帥陸軍大将です。現在佐賀県にあたる肥前国に生まれ、旧藩から明治新政府の軍人へと転身しました。

奥保鞏が最も知られるのは日清戦争(1894〜1895年)および日露戦争(1904〜1905年)での活躍です。日清戦争では師団長として朝鮮・満州方面の戦闘を指揮しました。日露戦争では第2軍司令官として南山の戦いや遼陽会戦などに参加し、ロシア軍との激戦を戦い抜きました。

日露戦争後は陸軍大将に昇進し、後に元帥に列せられました。軍政面でも枢密顧問官などの要職を務め、明治国家の軍事的基盤の整備に尽力した人物として評価されています。

  • 1847年:肥前国に誕生
  • 1894〜95年:日清戦争に参加
  • 1904〜05年:日露戦争で第2軍を指揮
  • 後年:元帥に列せられる

使い方・例文

「奥保鞏は日露戦争における陸軍の主要指揮官の一人として、明治の軍事史を語る上で欠かせない人物である」というように、近代日本の軍事史や歴史教育の文脈で登場する。

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