大平正芳とは?
おおひらまさよし
大平正芳とは、昭和期の日本の政治家で第68・69代内閣総理大臣を務め、環太平洋連帯構想を提唱し、在任中に急死したことで知られる人物です。
大平正芳(1910〜1980年)は、香川県出身の大蔵官僚出身の政治家です。池田勇人に師事し、外務大臣・大蔵大臣・自民党幹事長などを歴任した後、1978年に第68代内閣総理大臣に就任しました。
外務大臣時代には日中共同声明(1972年)の調整に深く関与し、田中角栄首相とともに日中国交正常化を実現させた立役者の一人です。また首相就任後の1978年には日中平和友好条約の締結を推進しました。
内政面では「文化の時代」を掲げ、経済的豊かさに加えて精神的・文化的な充実を重視する政策理念を示しました。また「環太平洋連帯構想」を提唱し、太平洋地域の経済的・文化的協力の枠組みを早くから構想したことで、後のAPEC(アジア太平洋経済協力)の先駆的アイデアを提示した人物とも評されています。
1979年の衆議院選挙では消費税導入を公約に掲げて敗北し、自民党内の「四十日抗争」という権力闘争にも巻き込まれました。1980年の衆参同日選挙の最中、選挙戦の激務の中で心筋梗塞に倒れ、在職中に急死しました。誠実な人柄と深い教養で知られ、「アーウー宰相」の愛称でも親しまれました。
使い方・例文
「日中平和友好条約」「環太平洋連帯構想」「昭和の政治史」を学ぶ際に大平正芳の名前が登場します。在任中に急死した首相という点でも、日本の政治史上特異な存在として記憶されています。
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