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坂上田村麻呂とは?

さかのうえのたむらまろ

坂上田村麻呂とは、平安時代初期の武将で、征夷大将軍として東北地方の蝦夷を平定し、武人の模範として後世に語り継がれた人物です。

坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ、758〜811年)は、平安時代初期を代表する武将・貴族です。坂上氏は渡来系の氏族とされ、田村麻呂はその家系に生まれ武官として頭角を現しました。

桓武天皇の時代、朝廷は東北地方の蝦夷(えみし)を服属させるための軍事遠征を繰り返していました。田村麻呂は797年に征夷大将軍に任ぜられ、その後複数回の遠征を指揮して蝦夷の有力な指導者アテルイを降伏させることに成功しました(802年頃)。この東征の成果は、平安朝廷の東北支配を大きく前進させるものでした。

田村麻呂は武力のみならず、人物の大きさや寛容さでも評価されました。アテルイの助命を朝廷に嘆願したという伝承は、敵将にも敬意を払う武人像として後世に伝えられています(嘆願は認められず処刑)。

また、田村麻呂は京都の清水寺の創建にも深く関わったとされており、清水寺には坂上田村麻呂夫妻の像が伝わっています。「武神」として信仰を集めた側面もあり、東北から関東にかけて田村麻呂を祀る神社・伝説が数多く残っています。征夷大将軍という称号が後に武家社会で最高の権威を持つようになる上でも、田村麻呂の存在はひとつの原型を示しています。

使い方・例文

日本史の授業で平安時代初期の東北政策が取り上げられる際、征夷大将軍として蝦夷平定を行った坂上田村麻呂は教科書に必ず登場する人物です。

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