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北里柴三郎とは?

きたざとしばさぶろう

北里柴三郎とは、破傷風菌の純粋培養・血清療法の確立など近代医学に多大な貢献をした明治・大正期の日本の細菌学者です。

北里柴三郎(きたさと しばさぶろう、1853〜1931年)は、熊本県(現・小国町)出身の細菌学者・医学者で、日本の近代医学の礎を築いた人物です。「日本の細菌学の父」とも称されます。

その主な業績は以下のとおりです。

  • 破傷風菌の純粋培養に世界で初めて成功(1889年):嫌気性菌の培養という難題を克服
  • 破傷風の血清療法を開発(1890年):エミール・フォン・ベーリングとの共同研究で、動物に毒素を投与して得た血清を治療に用いる抗毒素免疫を発見
  • ペスト菌の発見(1894年):香港でのペスト流行調査で菌を発見(同時期のイェルサンとの発見は科学史上の論争となっている)

ベーリングは血清療法の研究で1901年の第1回ノーベル生理学・医学賞を受賞しましたが、北里はその重要な共同研究者でありながら受賞を逃しました。帰国後は伝染病研究所(現・東京大学医科学研究所の前身)の設立、さらに独立して北里研究所を創設し、後進の育成にも尽力しました。2024年発行の新千円札の肖像に採用されています。

使い方・例文

「医学の授業で、北里柴三郎が19世紀末に破傷風の治療法を確立した業績が近代感染症医学の出発点と学んだ。」

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