北条早雲とは?
ほうじょうそううん
北条早雲とは、室町時代末期から戦国時代にかけて活躍した武将で、関東に後北条氏の基盤を築いた戦国大名の先駆け的存在です。
北条早雲(ほうじょう そううん、生年諸説あり〜1519年)は、室町時代末期から戦国時代初期にかけての武将で、伊勢盛時(いせ もりとき)または伊勢宗瑞(そうずい)とも呼ばれます。後北条氏(小田原北条氏)の祖として、戦国大名の黎明期を代表する人物です。
出自については長らく不明な点が多く、低い身分から成り上がった「下剋上の象徴」として語られてきました。近年の研究では室町幕府の有力家臣の出身とする説が有力ですが、いずれにしても関東の在地勢力ではなく、外部から入って大名へと成長した点は特筆されます。
1491年に伊豆国(現・静岡県東部)に侵攻して堀越公方を滅ぼし、伊豆を掌握。さらに相模国(現・神奈川県)へと勢力を拡大し、小田原城を拠点としました。その統治は以下の点で評価されています。
- 年貢を軽減し(四公六民とも)、農民の負担を和らげる善政
- 領国内の治安整備と検地による実態把握
- 仏教への深い帰依と文化的素養
早雲が築いた基盤の上に、息子氏綱・孫氏康らが関東の覇者として後北条氏を繁栄させました。早雲は「戦国大名」の先駆けとして、日本史において極めて重要な位置を占めます。
使い方・例文
戦国時代の始まりや「下剋上」を語る際の代表的な人物として登場し、後北条氏(小田原北条氏)の歴史を解説する際の起点となります。
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