ヴァレンティニアヌス1世とは?
う゛ぁれんてぃにあぬすいっせい
ヴァレンティニアヌス1世とは、4世紀後半のローマ帝国皇帝で、帝国を東西に分割して統治し、北方の蛮族侵入に対抗した軍人皇帝です。
ヴァレンティニアヌス1世(321年〜375年)は、パンノニア属州(現在のハンガリー周辺)出身の軍人で、364年にローマ皇帝に就位しました。即位直後に弟のウァレンスを共同皇帝に任命し、自らは西方(イタリア・ガリア・ブリタニア)、ウァレンスには東方を担当させることで帝国を実質的に二分して統治する体制を整えました。これはのちのローマ帝国東西分裂の先駆けとなる重要な出来事です。
在位中の主要な課題はライン川・ドナウ川沿いの辺境防衛でした。ゲルマン系のアレマンニ族やサクソン族の侵入に対し、精力的に防衛線(リメス)の整備・強化を行い、多数の砦を建設しました。ブリタニアではピクト族の侵攻を撃退するなど、各地の前線を直接指揮する精力的な軍人皇帝として知られています。
宗教政策では、キリスト教が急速に広まっていた時代にあって比較的寛容な姿勢を保ち、宗派間の争いに介入しない方針をとりました。行政面では腐敗した官僚機構の是正にも取り組みましたが、在位中の激務が続き、375年にドナウ戦線で交渉中に突然死亡したと伝えられています。強圧的な面もあった一方、帝国の秩序維持に尽力した実務型の皇帝として評価されています。
使い方・例文
ローマ帝国末期の歴史や東西分裂の流れを学ぶ際に登場します。「帝国を二分して弟に東方を委ねた皇帝」として、テオドシウス帝による正式な東西分裂の前史として紹介されます。
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