モハンマド・ハッタとは?
もはんまどはった
モハンマド・ハッタとは、インドネシアの独立運動指導者で、1945年の独立宣言時にスカルノと並んで宣言文に署名した初代副大統領です。
モハンマド・ハッタ(Mohammad Hatta、1902〜1980年)は、インドネシアの政治家・経済学者で、インドネシア建国の父のひとりです。西スマトラ出身で、オランダ留学中から民族運動に携わりました。
1920〜30年代にはオランダや国内で民族独立運動を指導し、オランダ当局に逮捕・流刑に処されながらも活動を続けました。スカルノとは長年の同志として深く信頼し合い、独立運動の両輪を担いました。
1945年8月17日、日本の敗戦直後にスカルノとともにインドネシア独立を宣言。ハッタはこの独立宣言文に連名で署名し、初代副大統領に就任しました。独立後は、連邦制をめぐるオランダとの交渉でも指導的役割を果たしました。
ハッタは政治のみならず協同組合運動にも力を注ぎ、インドネシアの経済思想に大きな影響を与えました。インドネシアでは今日も「ブン・ハッタ(兄ハッタ)」の愛称で国民的尊敬を集めており、1万ルピア紙幣にその肖像が描かれています。
使い方・例文
「スカルノとハッタの連名による独立宣言が、インドネシア共和国誕生の出発点となった」という形で、東南アジア近代史の文脈で登場します。
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