メフメト・アリ・パシャとは?
めふめとありぱしゃ
メフメト・アリ・パシャとは、19世紀オスマン帝国の高官で、帝国の近代化改革を主導した宰相・外務大臣として知られる政治家・外交官です。
メフメト・アリ・パシャ(1815〜1871年)は、オスマン帝国の政治家・外交官であり、19世紀のオスマン帝国近代化(タンジマート改革)を推進した中心人物のひとりです。エジプトを近代化したムハンマド・アリーとは別人であることに注意が必要です。
コンスタンティノープル(現イスタンブール)生まれのメフメト・アリ・パシャは、若くして官僚に登用され、外交の場で才能を発揮しました。クリミア戦争(1853〜1856年)ではオスマン帝国の外交を担い、パリ講和会議(1856年)でオスマン帝国の権益を守ることに貢献しました。
複数回にわたって大宰相・外務大臣を歴任し、タンジマートと呼ばれる西洋化・近代化改革の実施を推進しました。その改革内容には次のものが含まれます。
- 非ムスリム臣民への平等な権利付与を明文化した1856年勅令の実現
- 司法制度・教育制度の近代化
- 行政機構の整備と中央集権化
保守派からは「西洋かぶれ」として批判される一方、欧米列強との外交でオスマン帝国の主権を維持する現実的な路線を貫きました。1871年にクレタ島で死去しました。
使い方・例文
オスマン帝国史・タンジマート改革・19世紀中東外交に関する書籍や論文で、改革派官僚の代表として名前が挙がります。
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