ムスタファ・ケマル(ガリポリの英雄)とは?
むすたふぁけまるがりぽり
ムスタファ・ケマルとは、第一次世界大戦のガリポリの戦いで連合軍の上陸を阻止し、後にトルコ共和国を建国したアタテュルクの若き頃を指す呼び名です。
ムスタファ・ケマル(Mustafa Kemal、1881〜1938年)は、後にトルコ共和国初代大統領「アタテュルク(トルコ人の父)」として知られる人物で、「ガリポリの英雄」という別称は第一次世界大戦中の功績に由来します。
1915年、オスマン帝国軍の指揮官として、イギリス・フランス・オーストラリア・ニュージーランドなどの連合軍がガリポリ半島(ダーダネルス海峡沿岸)に上陸した作戦に対抗しました。ムスタファ・ケマルは劣勢の中でも「私は突撃を命じているのではない。死ぬことを命じているのだ」という言葉で知られる激烈な防衛戦を指揮し、連合軍の侵攻を食い止めることに成功しました。
ガリポリの戦いは連合軍側にとって大規模な敗北となり、約25万人もの死傷者を出しました。ムスタファ・ケマルの活躍はオスマン帝国の英雄として国民的名声をもたらしました。
その後、第一次世界大戦の敗北とオスマン帝国の崩壊を経て独立戦争を指導し、1923年にトルコ共和国を建国。近代化・世俗化改革を断行し、現代トルコの礎を築きました。
使い方・例文
オーストラリアやニュージーランドでは毎年4月25日のアンザックデーにガリポリの戦いを追悼し、ムスタファ・ケマルの名もしばしば言及されます。
この用語をシェア
最終更新: