ムアンマル・アル=カッザーフィーとは?
むあんまーるあるかっざーふぃー
ムアンマル・アル=カッザーフィーは、リビアを長年にわたり独裁的に統治した政治指導者・革命家です。
ムアンマル・アル=カッザーフィー(1942年頃〜2011年)は、リビアの政治家・軍人で、20世紀後半から21世紀初頭にかけて約42年間にわたりリビアを支配した指導者です。カダフィ、ガダフィなど複数の表記が用いられます。
1969年、27歳前後の若い陸軍将校として無血クーデターを成功させ、当時のリビア国王イドリース1世を打倒しました。その後、「アラブ社会主義」と「イスラム主義」を独自に融合させた「第三の普遍理論」を提唱し、政治・経済・軍事を一手に掌握。石油資源による豊富な収入を背景に、国内外でさまざまな政策を展開しました。
国際社会に対する姿勢は激しく変化し、テロ支援国家として欧米から経済制裁を受けた時期がある一方、2000年代には大量破壊兵器の放棄を表明して国際社会への復帰を試みる局面もありました。しかし2011年のアラブの春を受けた大規模な反政府運動により政権は崩壊し、カッザーフィー自身も同年10月に死亡しました。
彼の統治は強権的な独裁体制として批判される一方、石油収入を一定程度国民に還元した側面もあり、評価は複雑に分かれています。現代のリビア情勢を理解するうえで欠かせない人物です。
使い方・例文
「中東・北アフリカの政治史を学ぶ授業でカッザーフィーの統治体制が取り上げられた」というように、現代史・国際政治の文脈で頻繁に登場します。
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