ミゲル1世 (ポルトガル王)とは?
みげるいっせい
ミゲル1世とは、19世紀のポルトガル王で、絶対王政の復活を目指して権力を掌握したものの、自由主義勢力との内戦に敗れて廃位・追放された君主です。
ミゲル1世(1802年〜1866年)は、ポルトガル王国の国王で、1828年から1834年まで在位しました。ジョアン6世の次男として生まれ、幼少期から絶対王政の支持者として育ちました。兄ペドロ4世(ブラジル皇帝ペドロ1世)がポルトガル王位を放棄して娘マリア2世に継がせる際、後見人として摂政の地位を与えられましたが、1828年にクーデターを起こして自ら国王を宣言し、絶対王政を復活させました。
ミゲルの即位は「ミゲル派(アブソルティスタ)」と「自由主義派(リベラル)」の深刻な対立を引き起こしました。自由主義派はブラジルに退位していたペドロ4世(ペドロ1世)を指導者として担ぎ出し、ミゲルとの内戦(自由主義戦争または「二人の兄弟の戦争」、1832〜1834年)が勃発しました。アゾレス諸島を拠点にした自由主義軍は海軍での勝利を重ね、最終的に本土上陸に成功してミゲルを追い詰めました。
1834年のエボラモンテ協定によってミゲルは廃位・国外追放となり、マリア2世の統治が回復されました。ミゲルはその後もポルトガルへの帰国を求めつつ1866年にドイツで死去しました。彼の治世は短く敗北に終わりましたが、その後もポルトガル政治における王党派(ミゲル派)の思想的源泉として長く影響を残しました。
使い方・例文
ポルトガル近代史や19世紀の立憲主義と絶対主義の対立を学ぶ際に登場します。「自由主義戦争で兄に敗れた絶対王政の王」として紹介されることが多い人物です。
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