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マウマウ運動のデダン・キマティとは?

でだんきまてぃ

デダン・キマティとは、1950年代ケニアのマウマウ蜂起においてイギリス植民地支配への武装抵抗を指導し、ケニア独立運動の英雄として称えられる人物です。

デダン・キマティ(1920〜1957年)は、ケニアキクユ族出身の農民・兵士で、1950年代イギリス植民地支配に対して起きたマウマウ蜂起(マウマウ運動)の主要な指揮官のひとりです。マウマウ蜂起は主にキクユ族の農民・元兵士を中心に組織された武装抵抗運動で、植民地政府による土地収奪・人種差別への強い怒りを背景に燃え上がりました。

キマティはケニア山麓やアバーデア山脈のジャングルを根拠地として、イギリス軍および植民地当局に対するゲリラ戦を指揮しました。彼は「マウマウ土地自由軍」の最高指揮官を自認し、抵抗組織の統一と規律維持に尽力しました。ただし、マウマウ蜂起内部は複数のグループに分かれており、統一指揮系統の確立は容易ではありませんでした。

イギリス側は非常事態宣言を出し、大規模な掃討作戦・拷問・強制収容を実施しました。1956年、キマティは捕らえられ、翌1957年2月に絞首刑に処されました。

ケニア独立(1963年)後、キマティは植民地支配への抵抗の象徴として再評価され、現在のケニア政府は彼を国民的英雄として位置づけています。ナイロビ市内には彼の銅像が建てられており、その名を冠した通りも存在します。

使い方・例文

「デダン・キマティはケニアの学校教科書に植民地抵抗の英雄として登場します。」ケニア独立史・マウマウ蜂起について学ぶ際に必ず取り上げられる人物です。

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