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ポール1世 (ロシア皇帝)とは?

ぽーるいっせい

ポール1世とは、18世紀末のロシア皇帝で、短期間の在位中に強権的な改革を断行し、貴族の反感を買って暗殺された人物です。

ポール1世(1754〜1801年)は、ロシア帝国の皇帝で、エカチェリーナ2世の息子です。1796年に母の死後即位し、1801年に暗殺されるまでの約5年間統治しました。

ポール1世の治世は、前代エカチェリーナ2世の開明的な統治との対比で語られることが多いです。母への強い反感もあり、即位後は多くの政策を覆しました。特に貴族に対しては厳しい態度をとり、服装規定の強制や体罰の復活など、上流階級を意図的に抑圧する政策を次々と実施しました。

彼の政策の特徴は以下の通りです。

  • 軍の規律強化とプロセン式軍制の導入
  • 貴族への特権縮小と平民への一定の配慮
  • 農奴の週3日労働制限令の発布(実効性は限定的)
  • マルタ騎士団の保護とナポレオンへの接近

外交面では当初対仏同盟に参加しましたが、後に方針を転換し、ナポレオンとの関係を強化しようとしました。こうした急激な政策転換と専制的な態度は貴族層の強い不満を呼び、1801年3月、宮廷内のクーデターによって殺害されました。その後、息子アレクサンドル1世が即位しました。

使い方・例文

「ロシア帝国の皇帝一覧を調べると、ポール1世はエカチェリーナ2世とアレクサンドル1世の間に挟まれた短命の皇帝として紹介されます」という文脈で登場します。

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