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ファン・マヌエル・デ・ロサスとは?

ふぁんまぬえるでろさす

ファン・マヌエル・デ・ロサスとは、19世紀アルゼンチンを長期にわたって支配した政治家・軍人で、連邦派の指導者として中央集権派と対立しながら強権的な統治を行ったことで知られています。

ファン・マヌエル・デ・ロサス(1793〜1877)は、アルゼンチン独立後の混乱期に台頭した政治家・軍人であり、ラテンアメリカ史に名高い「カウディーリョ(地方の実力者)」の典型として語られる人物です。ブエノスアイレスの裕福な牧場主の家に生まれ、ガウチョ(草原の騎馬民)たちの支持を背景に政治的影響力を拡大しました。

ロサスはブエノスアイレス州知事として1829年に初めて権力を握り、その後1835年から1852年まで「最高権限を有する知事」として実質的な独裁体制を敷きました。彼は連邦主義(各州の自治権重視)を掲げて中央集権派(ユニタリオス)と激しく対立し、反対派を弾圧する秘密警察組織「マソルカ」を用いた恐怖政治でも知られています。

対外的にはイギリス・フランスによる河川封鎖に抵抗するなど独立性を示す一方、長年の独裁に反発した連合軍にウルキサ将軍が率いる軍がカセロス戦で勝利し、1852年に失脚。その後イギリスに亡命し、同地で没しました。アルゼンチンでは今日でも評価が分かれる歴史的人物です。

使い方・例文

アルゼンチンの歴史を学ぶ授業や書籍で、「ロサスはカウディーリョ政治の代表例として取り上げられる」というかたちで登場します。

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