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バイエジット2世とは?

ばいえじっとにせい

バイエジット2世はオスマン帝国の第8代スルタンで、15世紀末から16世紀初頭にかけて帝国の安定と文化振興に尽力した君主です。

バイエジット2世(Bayezid II、1447年〜1512年)は、オスマン帝国の第8代スルタンです。父メフメト2世(征服王)の後を継ぎ、1481年から1512年まで在位しました。

即位に際しては弟ジェムとの激しい後継者争いがあり、ジェムは最終的に西欧に逃れてオスマン帝国に対する外交切り札として利用されました。バイエジット2世はこの問題を巧みな外交で処理し、国内の安定を優先する姿勢をとりました。

治世は拡張主義よりも内政の充実と文化・芸術の振興に重点が置かれました。各地にモスク・マドラサ・病院などの公共施設を建設し、学者や詩人を保護したことから「ヴェリ(聖者)」とも呼ばれます。一方で、1492年にスペインから追放されたユダヤ人をオスマン帝国に受け入れた寛容な施策でも知られます。晩年は息子セリム(後のセリム1世)との権力闘争に敗れ、1512年に退位しました。退位の翌月に死去しており、毒殺の疑いも取り沙汰されています。

使い方・例文

「バイエジット2世」はオスマン帝国史やイスラム世界の中世史を学ぶ際に登場します。「バイエジット2世はスペインを追われたユダヤ人をオスマン帝国に迎え入れ、宗教的寛容の象徴として語られる」のように使われます。

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