ハワード・チャールズ・ベービントン・ラジミン・ポッティンガーとは?
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ハワード・チャールズ・ベービントン・ラジミン・ポッティンガーとは、19世紀のイギリスの外交官・植民地行政官で、香港初代総督を務めたことで知られる人物です。
ハワード・チャールズ・ベービントン・ラジミン・ポッティンガー(1789〜1856年)は、アイルランド生まれのイギリスの軍人・外交官・植民地行政官です。東インド会社に入り、インドで軍歴と行政経験を積みました。
彼が歴史的に重要な役割を果たしたのはアヘン戦争(1839〜1842年)においてです。清国との交渉において全権代表として派遣され、イギリス側の交渉責任者として活躍しました。その結果として締結された南京条約(1842年)では、香港島のイギリスへの割譲、上海・広州などの開港場設置、多額の賠償金支払いなどが取り決められ、近代中国史における不平等条約体制の出発点となりました。
この功績が評価され、ポッティンガーは香港の初代総督(1842〜1844年)に任命されました。彼の在任中に香港の基礎的な行政制度が整備され、イギリス植民地としての枠組みが築かれました。
その後はインドの植民地行政にも関わりましたが、晩年は健康を損なって本国に戻り、マルタで生涯を閉じました。アヘン戦争と香港返還問題が現代でも語られる中、ポッティンガーの名は近代東アジア史・植民地史の重要な参照点であり続けています。
使い方・例文
「ポッティンガーは南京条約を締結し香港初代総督になった」というように、香港史やアヘン戦争を扱う歴史教材で登場します。
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