ドロシー・パーカーとは?
どろしーぱーかー
ドロシー・パーカーは、毒舌と機知に富んだ短詩・短篇で知られる20世紀アメリカの作家・批評家で、ニューヨーク文壇の中心的人物でした。
ドロシー・パーカー(Dorothy Parker、1893〜1967年)は、ニュージャージー州ロングブランチ生まれのアメリカの詩人・短篇作家・批評家です。1920〜30年代のニューヨークで活躍し、「アルゴンキン・ラウンドテーブル」と呼ばれる文化人・知識人の集まりの常連として、鋭いユーモアと毒舌で名をはせました。
パーカーは雑誌「ヴォーグ」「ヴァニティ・フェア」「ニューヨーカー」などに詩・短篇・劇評を寄稿し、洗練された都市的センスと辛辣な批評眼で一世を風靡しました。彼女の短詩は、恋愛・失恋・死・皮肉といったテーマを数行に凝縮し、読後に苦い笑いを残すのが特徴です。
代表的な詩集・短篇集には「十分な縄(Enough Rope)」「朝のためのお茶(After Such Pleasures)」などがあります。また1937年にハリウッドへ移り、脚本家としても活動しました。第二次世界大戦後は左翼的政治活動への関与でブラックリストに載せられ、晩年は孤独の中で過ごしました。
しかし彼女の機知に満ちた言葉は今日も広く引用され、フェミニズム文学の先駆けとして再評価が進んでいます。
使い方・例文
「ニューヨーカー」誌の歴史やアメリカの機知文学・サロン文化を語る際に登場します。また辛辣で洒落た引用句の発信源として、名言集にもよく収録されています。
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