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ドゥルーエ(エルロン伯)とは?

どぅるーえ

ドゥルーエ(エルロン伯)とは、ナポレオン時代のフランス元帥で、ワーテルローの戦いにおける第1軍団指揮で知られる人物です。

ジャン=バティスト・ドゥルーエ・エルロン(1765〜1844年)は、フランス革命期に軍歴を開始し、ナポレオン時代に元帥にまで昇進したフランスの軍人です。シャンパーニュ地方のランス出身で、エルロン伯爵の爵位を授けられたことからこの名で知られます。

ドゥルーエはナポレオン戦争を通じて複数の重要な職を歴任しました。スペイン半島戦争では北スペインの作戦に関わり、様々な指揮官の下で軍団指揮を担いました。

ドゥルーエの名が最もよく知られるのは1815年のワーテルローの戦いです。この戦いでは第1軍団を指揮しましたが、リニーとカトル=ブラの両戦場の間を行き来するよう命令を受けて両方の戦闘に間に合わず、「ニつの戦場の間で失われた軍団」として戦史上の有名なエピソードになっています。ワーテルロー本戦では歩兵縦隊突撃を指揮しましたが、イギリス軍の防御を突破できませんでした。

ナポレオン没落後は王政復古期に迫害を受けて亡命しましたが、七月革命(1830年)後にフランスに戻り、アルジェリア総督なども務めました。

使い方・例文

ワーテルローの戦いの詳細を扱う歴史書で頻繁に登場します。「もし彼の軍団が適切に動いていれば」という歴史のif論の主役として語られることがあります。

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