デメトリオス1世 (マケドニア王)とは?
でめとりおす1せい
デメトリオス1世(ポリオルケテス)は、アレクサンドロス大王死後の後継者戦争を戦ったマケドニア王で、「城市攻略者」の異名を持つ名将です。
デメトリオス1世(Demetrios I、紀元前337年頃〜紀元前283年)は、マケドニアの将軍・王です。「ポリオルケテス(城市攻略者)」という異名で広く知られ、アレクサンドロス大王死後のディアドコイ(後継者)戦争において重要な役割を果たしました。
デメトリオスはアレクサンドロス大王の側近のひとりだったアンティゴノス1世の息子です。父とともにイプソスの戦い(紀元前301年)まで広大な領土の維持を目指して戦い続けました。彼は海戦や攻城戦において天才的な才能を発揮し、キプロスのサラミスの海戦(紀元前306年)でプトレマイオスの艦隊を撃破して「ポリオルケテス」の名を不動のものとしました。
特にロドス島の包囲戦(紀元前305年〜前304年)では史上最大級の攻城兵器を投入しましたが、最終的には和平で決着がつきました。この包囲戦で用いた巨大攻城塔はロドス島の人々に贈られ、これを溶かして作られたとされるのが世界七不思議のひとつ「ロドスの巨人像」です。
父アンティゴノスがイプソスの戦いで戦死した後も生き延びたデメトリオスは、紀元前294年にマケドニア王位に就きましたが、その強圧的な統治は反感を買い、最終的にはセレウコスに捕らえられ幽閉の末に世を去りました。
使い方・例文
古代の攻城技術を解説する書籍や展覧会で、デメトリオス1世が用いた巨大な攻城兵器が図解とともに紹介されることがあります。
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