テルミドールの反動とは?
てるみどーるのはんどう
テルミドールの反動とは、フランス革命期の1794年に恐怖政治を終わらせロベスピエールを失脚させたクーデターを指す歴史用語です。
テルミドールの反動(Réaction thermidorienne)とは、フランス革命期の1794年7月(革命暦テルミドール月)に、ジャコバン派の指導者ロベスピエールが国民公会内の反対勢力によって逮捕・処刑され、恐怖政治が終結した政変のことです。「テルミドール9日のクーデター」とも呼ばれます。
背景として、1793年から続いた恐怖政治では公安委員会が独裁的権限を握り、反革命の疑いをかけられた多くの人々がギロチンで処刑されました。恐怖が広まる中で国民公会議員たちも自分たちが次に標的にされることを恐れ、ロベスピエール派に対する反撃が起きました。
テルミドールの反動後の変化としては以下が挙げられます。
- 恐怖政治の停止とジャコバン・クラブの閉鎖
- 穏健共和派による政権掌握と総裁政府の樹立
- 革命的急進主義から体制の安定・保守化へのシフト
- その後のナポレオン台頭への道を開く
この事件は後世に「革命が革命を食う」という教訓を示す象徴的出来事として語り継がれており、政治学や歴史学では急進的変革が内部崩壊する過程を指す概念としても使われます。
使い方・例文
「革命の過激化が頂点に達した後、テルミドールの反動のように体制が急速に保守化する現象は、近代の政治変動にも見られる」のように使います。
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