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ジャン・ド・ラトル・ド・タシニーとは?

じゃんどらとるどたしにー

ジャン・ド・ラトル・ド・タシニーは、第二次世界大戦フランス軍を率いて本土解放に貢献し、戦後フランス元帥に叙せられたフランス最高の名将の一人です。

ジャン・ジョゼフ・マリー・ガブリエル・ド・ラトル・ド・タシニー(Jean de Lattre de Tassigny、1889〜1952年)は、フランス将軍で、フランス史上最も傑出した軍人の一人に数えられます。

ヴァンデ県出身で、サン=シール陸軍士官学校を卒業し、第一次世界大戦では騎兵・歩兵将校として戦いました。戦間期には植民地での作戦経験も積み、実践的な軍事指揮官として評価されました。

第二次世界大戦では、1940年のフランス陥落後もヴィシー政権下の軍にとどまりましたが、1942年に連合軍の北アフリカ上陸に呼応して抵抗を試みたため逮捕・投獄されました。その後脱獄してロンドンへ渡り、自由フランス軍に参加しました。

1944年のプロヴァンス上陸作戦(ドラグーン作戦)ではフランス第1軍を率いてフランス南部に上陸し、各地を解放しながら北上を続けました。ライン川を渡ってドイツ本土にも進攻し、1945年5月のドイツ降伏文書調印式にはフランス代表として署名しました。

戦後はフランス軍のインドシナ遠征軍司令官としてベトナムに赴任しましたが、1952年にハノイで病死しました。死後、フランス元帥の称号が贈られ、「フランスが生んだ最後の偉大な元帥」と称えられています。

使い方・例文

「ド・ラトル・ド・タシニーはフランス軍を率いてドイツ本土にまで攻め込み、降伏文書に署名した英雄として知られる」のように、フランスの第二次世界大戦史を語る際に言及されます。

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