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コンスタンティウス2世とは?

こんすたんてぃうすにせい

コンスタンティウス2世はローマ帝国皇帝で、父コンスタンティヌス1世の後を継ぎ帝国全土を単独で支配したキリスト教重視の君主として知られています。

コンスタンティウス2世(317〜361年)はローマ皇帝コンスタンティヌス1世第三子として生まれ、337年の父の死後に帝国の統治に加わりました。兄弟との権力闘争を経て351年以降は単独皇帝として帝国全土を統治しました。

その治世の最大特徴キリスト教政策にあります。父コンスタンティヌスがキリスト教を公認したのに続き、コンスタンティウス2世はさらに積極的にキリスト教の普及を推進する一方、伝統的なローマ多神教の祭儀や神殿への公的支援を制限しました。また、キリスト教内部の神学論争においてはアリウス派を支持し、正統派(ニカイア派)の聖職者たちと対立しました。

外交・軍事面では東方のサーサーン朝ペルシャとの長期にわたる戦争が続き、メソポタミアの支配をめぐって激しく争いました。また西方では帝国を脅かす様々な勢力への対応に追われました。

晩年には後継者として指名したユリアヌスが反乱を起こし、対決に向かう途上で病死しました。後継のユリアヌスが異教復興を図ったことから、コンスタンティウスの在位はキリスト教化の重要な転換期と位置づけられています。

使い方・例文

ローマ帝国後期史やキリスト教の国教化過程を学ぶ際にコンスタンティウス2世の名が登場し、アリウス派論争の文脈でも頻繁に言及されます。

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