ゲプハルト・フォン・ブリュッヘルとは?
げぷはるとふぉんぶりゅっへる
ゲプハルト・フォン・ブリュッヘルは、ナポレオン戦争でプロイセン軍を率い、ワーテルローの戦いにおいてウェリントンを支援してナポレオンの最終的な敗北を決定づけた老将です。
ゲプハルト・レベレヒト・フォン・ブリュッヘル(Gebhard Leberecht von Blücher、1742〜1819)は、プロイセン王国の元帥で、ナポレオン戦争終結に決定的な役割を果たした軍人です。「前進元帥(マルシャル・フォルヴェルツ)」の愛称で知られ、攻撃的で果断な指揮スタイルが特徴でした。
ブリュッヘルの軍歴の中で最も重要なのは、1813〜1815年の対ナポレオン最終戦役です。1813年のライプツィヒの戦い(諸国民の戦い)ではプロイセン・オーストリア・ロシア・スウェーデン連合軍の一翼を担い、ナポレオンに決定的な敗北を与えました。そして1815年のワーテルローの戦いでは、ナポレオンに先行した部隊がリニーで敗れたにもかかわらず、迅速に軍を立て直してウェリントン公爵のイギリス軍と合流し、決戦の終盤に戦場に到達してナポレオン軍を壊滅に追い込みました。
ブリュッヘルの軍事指導の特徴は次の通りです。
- 年齢や困難な状況をものともしない積極果敢な進軍意志
- 部下の参謀(特にグナイゼナウ)との的確な役割分担
- 騎兵追撃を重視した戦果拡大の戦術
- 兵士からの絶大な信頼と士気高揚への貢献
ワーテルローの勝利後、ブリュッヘルはプロイセン国民から英雄として熱烈に歓迎されました。ベルリンにはブリュッヘルの騎馬像が建てられており、ナポレオン打倒に貢献した最大の功労者の一人として今日もドイツ・ヨーロッパ史においてその名を留めています。
使い方・例文
「ワーテルローの戦いでナポレオンが敗れた最大の要因はブリュッヘルの遅参か?」というように、歴史上の「もし」を議論する際に必ず登場する人物です。
この用語をシェア
最終更新: