本文へスキップ

エリザヴェータ・ペトロヴナとは?

えりざゔぇーたぺとろゔな

エリザヴェータ・ペトロヴナとは、18世紀ロシア皇帝ピョートル大帝の娘で、宮廷クーデターによってロシア皇帝の座に就いた女帝です。

エリザヴェータ・ペトロヴナ(Elizaveta Petrovna、1709〜1762年)は、ロシア皇帝ピョートル1世(大帝)と皇后エカテリーナ1世の娘として生まれました。婚外子として生まれたため当初は帝位継承権を持たない立場でしたが、1741年に近衛兵を率いたクーデターによって権力を掌握し、女帝として即位しました。

在位中(1741〜1762年)のロシア文化・芸術面で大きく発展しました。エリザヴェータはフランス宮廷文化を愛好し、サンクトペテルブルクに豪華なエルミタージュ宮殿(現在のエルミタージュ美術館の前身となる冬宮)の建設を進めました。また、1755年にはモスクワ大学を創設し、ロシアの高等教育の礎を築いたことでも知られます。

外交面では七年戦争(1756〜1763年)に参戦し、プロイセンのフリードリヒ2世と戦いました。ロシア軍はベルリンを一時占領するなど優勢でしたが、彼女の死後に後継者ピョートル3世がプロイセンと和平を結んだため、戦果は失われました。

死刑制度を事実上廃止するなど温情的な政策も見られる一方、贅沢を好む生活ぶりでも知られ、生涯に1万5千着もの衣装を所有したと伝わります。

使い方・例文

ロシア史やヨーロッパの宮廷史を学ぶ場面で、女帝の系譜や七年戦争の文脈として登場します。

この用語をシェア

𝕏 でポスト LINE

最終更新:

関連用語