アンドレア・ドーリアとは?
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アンドレア・ドーリアとは、16世紀のジェノヴァ共和国を代表する提督・政治家で、地中海の覇権争いに活躍し「ジェノヴァの父」とも称えられた人物です。
アンドレア・ドーリア(Andrea Doria、1466〜1560年)は、イタリアのジェノヴァ出身の提督・政治家です。16世紀の地中海世界において、ジェノヴァ共和国の権力者として外交・軍事の両面で重要な役割を果たしました。
若い頃から傭兵・海軍士官として各地で活動し、フランス王フランソワ1世に仕えた後、神聖ローマ皇帝カール5世(スペイン王カルロス1世)側に転じます。1528年にはジェノヴァの政治改革を主導し、オスマン帝国やフランスの影響を排してジェノヴァをハプスブルク帝国の同盟者として安定させました。この功績により「ジェノヴァの父、祖国の解放者」と称えられました。
海軍指揮官としては地中海の制海権をめぐるオスマン帝国との戦いに積極的に関与し、当時の複雑な地政学的状況の中でジェノヴァの自治と繁栄を守るための巧みな外交を展開しました。94歳という当時としては異例の長寿を全うし、死ぬまで権力の中枢に近い位置に留まりました。
その名はイタリアの豪華客船「アンドレア・ドーリア号」(1956年に沈没した歴史的事故で有名)にも冠されており、今日でもジェノヴァの英雄として記憶されています。
使い方・例文
「アンドレア・ドーリア」という名は、ジェノヴァの歴史を学ぶ際や、地中海の海軍史・イタリア・ルネサンス期の政治史の文脈で登場するほか、沈没した豪華客船の名前としても知られています。
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