アレクサンドル・ネフスキーとは?
あれくさんどるねふすきー
アレクサンドル・ネフスキーとは、13世紀ロシアのノヴゴロド公で、スウェーデン軍やドイツ騎士団の侵攻を撃退し、ロシア正教会から聖人に列せられた英雄的君主です。
アレクサンドル・ネフスキー(Alexander Nevsky、1221〜1263年)は、13世紀のロシアの公侯で、ノヴゴロド公・ウラジーミル大公を歴任した人物です。「ネフスキー」の称号は、ネヴァ川岸での戦勝に由来します。
彼が生きた時代、ロシアはモンゴル(タタール)の支配下に置かれ、同時に西方からはスウェーデンやドイツ騎士団の侵攻という二正面の脅威にさらされていました。アレクサンドルはこの難局に対し、以下の判断と行動で名声を確立しました。
- 1240年のネヴァ川の戦いでスウェーデン軍を撃退(「ネフスキー」の称号を得る)
- 1242年の「氷上の戦い」でドイツ騎士団をチュード湖の氷上で壊滅させる
- モンゴルのジョチ・ウルスとは対決を避け、巧みな外交で服属関係を維持
モンゴルへの服属は屈辱的とも見られますが、これにより北西ロシアの壊滅を防いだと評価されています。彼の現実的な外交と軍事の使い分けは、後世のロシア政治の一つの範型とされます。
ロシア正教会は彼を聖人に列し、ロシアの歴史を通じて最も崇敬される英雄の一人です。セルゲイ・エイゼンシュテイン監督の映画『アレクサンドル・ネフスキー』(1938年)でもその生涯が描かれました。
使い方・例文
中世ロシアの歴史やモンゴル支配の時代を解説する際に登場し、映画や音楽(プロコフィエフの作曲)の題材としても知られます。
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