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アフマド・シャー・ドゥッラーニーとは?

あふまどしゃーどぅっらーにー

アフマド・シャー・ドゥッラーニーとは、18世紀に活躍したアフガニスタン建国の父とされる人物で、ドゥッラーニー朝を創始し広大な帝国を築きました。

アフマド・シャー・ドゥッラーニー(Ahmad Shah Durrani、1722頃〜1773年)は、アフガニスタンの建国者とされる軍人・政治家です。パシュトゥーン人のドゥッラーニー族(旧称アブダーリー族)出身で、1747年にドゥッラーニー朝を建国し、初代アフガニスタン国王となりました。

彼はもともとナーディル・シャー(ペルシャのアフシャール朝君主)の軍に仕えていましたが、ナーディル・シャーの暗殺後、パシュトゥーン部族の長老会議(ジルガ)によってアフガニスタンの王に選出されました。

アフマド・シャーの主な業績と特徴は以下のとおりです。

  • 現在のアフガニスタン・パキスタン・イランの一部・インド西北部にまたがる広大な帝国を建設した。
  • 1761年のパーニーパットの戦いでマラーター同盟を撃破し、北インドにおける覇権を示した。
  • カンダハールを首都とし、政治・軍事の中心地として整備した。
  • 「バーバー(父)」の称号で呼ばれ、アフガニスタン国民の間で今も建国の英雄として敬われている。

彼が確立した国家の枠組みは現代アフガニスタンの原型とされており、アフガニスタン史における最も重要な人物の一人です。

使い方・例文

「アフガニスタンの歴史を概説する書籍では、アフマド・シャー・ドゥッラーニーが「アフガニスタン建国の父」として冒頭に紹介されることが多い。」

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