近衛文麿とは?
このえふみまろ
近衛文麿とは、昭和戦前期の政治家で三度にわたり内閣総理大臣を務め、日中戦争の拡大と大政翼賛会の結成に深く関わった人物です。
近衛文麿(1891〜1945年)は、五摂家の筆頭・近衛家の当主として生まれた公爵で、昭和戦前期に第34・38・39代内閣総理大臣を歴任した政治家です。貴族院議長なども務め、軍部・政党・財界いずれからも期待を集めたカリスマ的存在でした。
第一次近衛内閣(1937〜1939年)では、盧溝橋事件(1937年)を契機に日中戦争が全面化する中で政権を担いました。「国民政府を対手とせず」という声明を発して和平の可能性を自ら閉ざしたとも批判される一方、戦争拡大を望んでいたわけではないとする見方もあります。
第二次・第三次近衛内閣(1940〜1941年)では、日独伊三国同盟の締結(1940年)と日ソ中立条約の調印(1941年)を行い、日本を枢軸国陣営に位置づけました。また国内では既存の政党を解散させ、大政翼賛会を発足させて一国一党的な政治体制を整えました。
対米開戦を避けようとした面もありましたが、最終的に開戦を止められず、東条英機に政権を譲りました。敗戦後、戦争責任者として逮捕が決まると、1945年12月に服毒自殺しました。その複雑な人物像と責任の所在は今日も歴史家の間で議論されています。
使い方・例文
「大政翼賛会」「日中戦争」「日独伊三国同盟」を学ぶ際に近衛文麿の名前は必ず登場します。昭和戦前の政治史・外交史において中心的な人物として位置づけられています。
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