藤原道長とは?
ふじわらのみちなが
藤原道長とは、平安時代中期に摂関政治の全盛期を築いた公卿で、「望月の歌」で知られる権勢の絶頂を極めた人物です。
藤原道長(ふじわらのみちなが、966〜1027年)は、平安時代中期に活躍した公卿・政治家で、藤原氏北家の嫡流として摂関政治を最高潮に導いた人物です。
道長は兄たちの死去などを経て台頭し、一条・三条・後一条・後朱雀の4代の天皇にわたって朝廷の実権を握りました。自ら摂政・太政大臣などの要職に就くとともに、娘たちを次々と天皇の后として入内させることで外戚関係を強固にしました。
娘である彰子・妍子・威子・嬉子は皆、天皇または皇太子の后となり、道長は「一家三后」を実現した時期もありました。道長が残した日記『御堂関白記』は、当時の朝廷生活や政務の詳細を伝える一級史料として知られ、ユネスコ記憶遺産にも登録されています。
1018年に詠んだ和歌「この世をば わが世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば」は、自らの権勢を満月にたとえた歌として後世に名高く、権力の絶頂を象徴するものとして語り継がれています。
道長の時代には国風文化が花開き、紫式部・清少納言といった女流文学者が活躍した環境を生み出した点でも、文化史上の重要人物として評価されています。
使い方・例文
藤原道長が後援した紫式部が『源氏物語』を執筆したとされており、道長は平安文化の黄金期を支えたパトロン的存在でもありました。
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