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菊池武光とは?

きくちたけみつ

菊池武光は南北朝時代に南朝方として活躍した肥後国(現熊本県)の武将で、九州における南朝勢力を支えた中心人物です。

菊池武光(きくたけみつ、?〜1373年頃)は、南北朝時代の武将で、肥後国現在熊本県)を本拠とする菊池氏の第12代当主です。菊池氏は九州の有力武士団であり、武光はその全盛期を現出した人物として歴史に名を残しています。

武光は征西将軍として九州に下向した懐良(かねよし)親王を奉じ、南朝方の旗手として北朝・室町幕府方と激しく争いました。1359年の筑後川の戦い(大原合戦)では北朝側の少弐頼尚の軍を撃破し、九州における南朝勢力の最大版図を実現しました。この勝利により懐良親王と武光は一時、大宰府を拠点として九州のほぼ全域を支配下に置くに至りました。

明(中国)からも日本国王として冊封を受けるなど、対外的にも存在感を示しました。しかしその後、今川了俊(貞世)が幕府の九州探題として派遣されると、勢力は徐々に後退していきます。

菊池武光は「九州の南朝の柱石」とも称され、地元熊本では今もその功績が称えられています。

使い方・例文

「菊池武光は南北朝時代の歴史を学ぶ際に、九州における南朝勢力の象徴として必ず登場する武将です。」

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