純宗 (朝鮮王)とは?
じゅんそう
純宗は、朝鮮王朝および大韓帝国の最後の君主で、1910年の日韓併合によって帝位を失い、朝鮮王朝の歴史に幕を引いた人物です。
純宗(1874〜1926年)は、高宗の息子として生まれ、大韓帝国第2代皇帝として1907年から1910年まで在位しました。母は閔妃(明成皇后)で、1895年の閔妃暗殺事件の際には現場に居合わせたとも伝えられています。
1907年、父・高宗がハーグ密使事件の責任を問われて日本によって退位を強いられると、純宗が即位しました。しかし統監府(伊藤博文を初代統監とする日本の行政機関)のもとで実質的な権限はほとんど与えられず、名目上の君主に過ぎませんでした。
1910年8月、日韓併合条約が締結され、純宗は皇帝位を失いました。併合後は「李王」の称号を与えられ、朝鮮総督府の管理下に置かれた「李王家」として余生を送りました。純宗の在位はわずか3年に過ぎませんでしたが、その治世は朝鮮が独立国家としての地位を完全に失う過程を体現するものであり、朝鮮近代史の象徴的な時代として記憶されています。1926年の純宗の国葬は、6・10万歳運動のきっかけともなりました。
使い方・例文
韓国の近現代史教育において、日韓併合の経緯と朝鮮王朝の終焉を説明する際に取り上げられる人物です。
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