海陵王とは?
かいりょうおう
海陵王は、中国・金朝第4代の皇帝(在位1149〜1161年)で、強力な中央集権と華北への遷都を断行した一方、暴君としても歴史に記録された人物です。
海陵王(かいりょうおう、完顔亮、1122〜1161年)は、女真族が建てた金朝の第4代皇帝です。廟号は「海陵王」とされていますが、廟号を持たない「廃帝」として扱われることも多く、その評価は歴史的に複雑です。
1149年にクーデターで先帝を暗殺して即位し、強権的な統治を開始しました。統治面では中央集権化を強力に推進し、女真族の旧来の部族制度を解体して官僚制を整備するなど、近代的な国家体制の構築に注力しました。また、都を上京会寧府(現在の黒竜江省)から燕京(現在の北京)へと遷都し、金朝の中国化を大きく進めました。
一方で、好戦的な性格から南宋への大規模な軍事侵攻を繰り返し、1161年には100万以上の大軍を率いて南征を企てましたが、採石の戦いで大敗を喫しました。この遠征中に部下によって暗殺され、その後、後継者によって廃帝とされ、廟号も認められませんでした。
暴虐な君主として後世に伝えられる一方、中国化政策や首都整備など国家発展への貢献も評価されており、複雑な歴史的遺産を残した人物です。
使い方・例文
「海陵王は金朝の都を現在の北京付近に移した皇帝として歴史の教科書に登場する」というように、中国史・東アジア史の授業や解説で取り上げられます。
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