本文へスキップ

河野広中とは?

こうのひろなか

河野広中は、明治期の自由民権運動を代表する政治家・活動家であり、衆議院議長も務めた立憲政治の先駆者の一人です。

河野広中(こうの ひろなか、1849〜1923年)は、明治時代政治家自由民権運動の指導者です。福島県(旧三春藩)出身で、明治維新後の新政府に対して民権拡大議会開設を求める運動に身を投じました。

1882年、政府の農村への圧制に抗議する福島事件において県令・三島通庸と対立し、農民側を率いて抵抗運動を組織しました。この事件で逮捕・投獄されましたが、民権運動の英雄として全国的な名声を得ました。出獄後も自由民権運動の一線に立ち続け、板垣退助らとともに自由党の再建や後継政党の活動に携わりました。

1890年の第1回衆議院議員総選挙で当選し、以来多選を重ねる衆議院議員として活動しました。1903年から1905年にかけて衆議院議長を務め、議会政治の定着に貢献しました。

河野は地租改正反対・言論の自由・国民の政治参加という自由民権運動の諸課題を生涯のテーマとして活動し続けました。その生涯は、明治という時代に民主主義の理念を体現しようとした市民的政治家の軌跡として評価されています。自由民権運動史における代表的な地方指導者として、日本近代史の教科書でも必ず取り上げられる人物です。

使い方・例文

「河野広中の名は、自由民権運動や明治期の議会政治の歴史を学ぶ際に頻繁に登場します。」

この用語をシェア

𝕏 でポスト LINE

最終更新:

関連用語