河上彦斎とは?
かわかみげんさい
河上彦斎とは、幕末の尊王攘夷派志士で、「人斬り彦斎」の異名をとった熊本出身の剣客です。
河上彦斎(かわかみ げんさい、1834〜1871年)は、江戸時代末期(幕末)に活躍した尊王攘夷派の志士・剣客で、肥後国(現在の熊本県)熊本藩の下級武士の出身です。「人斬り彦斎」の異名で知られ、幕末の動乱期における過激派の象徴的人物として歴史に名を残しています。
河上は尊王攘夷の思想に深く傾倒し、1862年(文久2年)に幕府の外国掛(外交担当)として知られた佐久間象山を京都で暗殺したことで広くその名を知られるようになりました。身軽で剣の腕前が卓越していたとされ、幕末の「四大人斬り」の一人に数えられることもあります。
明治維新後、彦斎はその過激な志士活動から明治政府にとって扱いにくい存在とみなされました。1871年(明治4年)、旧会津藩士の処遇をめぐる問題などに絡んで逮捕され、同年斬首刑に処されました。享年37歳でした。
現代では漫画『るろうに剣心』の主人公・緋村剣心のモデルのひとりとして知名度が高まっており、幕末の剣客文化や尊攘志士の生き様を示す歴史的人物として広く知られています。
使い方・例文
幕末の歴史小説や漫画で、「人斬り彦斎」として河上彦斎が尊王攘夷の剣客の代表格として登場することがあります。
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