平重盛とは?
たいらのしげもり
平重盛は、平安時代末期の武将・公卿で、平清盛の嫡男として平家全盛期に重きをなしながら、父の専横を諫めた誠実な人物として後世に伝えられています。
平重盛(たいら の しげもり、1138〜1179年)は、平安時代末期の武将・公卿です。平清盛の長男として生まれ、平家一門の中心的な存在として活躍しました。官位は正二位・左大将・内大臣に至り、武士でありながら公卿の最高位に近い地位を占めました。
重盛が歴史上特に知られるのは、その人格と行動にあります。父・清盛が後白河法皇を幽閉しようとした際、「君(天皇・法皇)に背けば不忠、父に背けば不孝」と板挟みの苦悩を表明し、清盛の専横を諫めようとしたエピソードが「平家物語」に描かれています。忠義と孝行の間で苦悩する人物として、日本の文学・芸能において義人のシンボルとして描かれてきました。
重盛は熱心な仏教信者でもあり、京都・小松に養源院(後の積善寺)を建立し、平家繁栄を祈願しました。温厚・誠実な性格から「小松殿」と親しまれ、平家一門の中でも穏健派として評価されています。
1179年に42歳で病死しました。彼の死後、清盛の専横はさらに激しくなり、やがて源平合戦へとつながっていきます。重盛の早世が平家滅亡を早めた一因とも語られており、その存在は「平家物語」の悲劇的世界観を象徴しています。
使い方・例文
「平家物語」を読む授業や古典の授業で、「忠と孝の板挟みに苦しんだ人物」として平重盛の名前が登場します。
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