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山県昌景とは?

やまがたまさかげ

山県昌景は戦国時代の武将で、武田信玄・勝頼に仕えた「武田四天王」の一人として名高く、赤備えの精鋭騎馬隊を率いたことで知られます。

山県昌景(やまがた まさかげ、1529〜1575年)は甲斐国(現・山梨県)の戦国大名・武田氏に仕えた武将です。もとは飯富虎昌の弟とも伝えられ、主君・武田信玄のもとで頭角を現し、やがて武田家中でも屈指の猛将と称されるようになりました。

昌景の最大特徴は、赤備え(あかぞなえ)と呼ばれる赤色に統一した甲冑・旗指物をまとった精鋭騎馬隊を率いたことです。戦場での視認性と威圧感を重視したこの装備は、後世まで武田軍の象徴として語り継がれました。信玄が没した後は勝頼のもとでも重用され、遠江・駿河方面の軍事を担いました。

昌景が参加した主な合戦には以下のものがあります。

  • 三方ヶ原の戦い(1572年):徳川家康軍を撃破
  • 長篠の戦い(1575年):織田・徳川連合軍との決戦

長篠の戦いでは鉄砲を組織的に運用した織田軍の前に武田の騎馬隊が壊滅的打撃を受け、昌景自身も戦死しました。その死は武田家衰退の象徴的な出来事として歴史に刻まれています。

昌景の赤備えの編制は後に井伊直政や真田信繁(幸村)が受け継ぎ、武田軍の精強さを示す伝統として後世に伝えられました。

使い方・例文

戦国時代を扱う歴史ゲームや漫画では、山県昌景は赤い甲冑に身を包んだ武田家の猛将として登場することが多いです。

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