山内溥とは?
やまうちひろし
山内溥は任天堂を世界的なゲーム会社へと変革させた経営者で、ファミコンやゲームボーイなど数々のヒット商品を生み出した人物です。
山内溥(やまうち ひろし、1927〜2013年)は、日本を代表するゲーム企業・任天堂の第3代社長で、同社をトランプ・花札メーカーからゲームエンターテインメントの世界的巨人へと変革させた経営者です。
1949年に京都大学を中退して任天堂骨牌(現・任天堂)に入社し、翌年22歳で社長に就任しました。当初はトランプや花札の販売を手掛けましたが、1970年代後半から電子玩具・テレビゲームの開発に舵を切り、以降の任天堂の方向性を決定づけました。
山内溥の在任中に生まれた主な製品・サービスは以下のとおりです。
- ゲーム&ウオッチ(1980年)
- ファミリーコンピュータ(ファミコン、1983年)
- ゲームボーイ(1989年)
- スーパーファミコン(1990年)
- NINTENDO64(1996年)
山内は「ハードは利益を出さなくていい。ソフトで稼ぐ」という考え方のもと、マリオ・ゼルダなど強力なIPによるソフトウェア事業を重視しました。また宮本茂など才能ある開発者を見出し育てたことも、任天堂の長期的な競争力の源泉となっています。
2002年に社長を退任するまでの約50年間、山内は任天堂を世界有数の娯楽企業へと育て上げた卓越した経営者として評価されています。
使い方・例文
「なぜ任天堂は玩具メーカーからゲーム産業のリーダーになれたのか」という問いには、山内溥の大胆な経営転換と商品開発への投資が必ずといってよいほど挙げられます。
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